コラム
特集・動画
第3回
今シーズン、NTTドコモレッドハリケーンズのチームアドバイザーをしております、福富信也です。
開幕戦の劇的な逆転勝利で幸先よく白星発進し、第2節NECグリーンロケッツ戦にも勝利したレッドハリケーンズですが、皆さんの目にはどのように映っているでしょうか。
レッドハリケーンズにとって、トップリーグでの連勝は2017年12月以来(約3年ぶり)で、開幕からの連勝となると2013年シーズン以来(約8年ぶり)とのことです。
ちなみに、前回のコラム(Vol.02)でお伝えした「ベンチメンバー全員が起立して肩を組み、その様子をじっと見つめていました」というシーン。開幕戦ラストプレーでの逆転PGをみんなで祈ったこの ”肩組みシーン” は、途中交代でベンチに戻った李智栄選手による呼びかけだったようで、当日スタンドで観ていた私も胸に突き刺さるものがありました。
また、開幕戦の前日、遠征メンバー(試合出場予定で東京入りしている選手ら)に向けて、大阪に残っていたメンバーから応援メッセージ動画が届けられるサプライズもありました。これは、ラリー・スルンガ選手の発案だったそうです。「過去を振り返ってもこのようなことはなかった気がします。緊張から解放され、”皆のためにも”と熱くなりました(茂野洸気選手)」「僕らだけではなく、皆で戦っているんだと気が引き締まりました(北島大選手)」と選手たちも驚いたようで、チームを心理面で鼓舞するエナジーとなったようです。試合が近づくと、選手はどうしても自分の世界に入り込んで心と体の準備をします。そんな時、仲間からの応援メッセージ動画を見たら「そうだ!1人じゃないんだ。俺たちはチームなんだ!」という気持ちになるものです。
この2つのエピソードからもお分かりのように、現在チームは非常に良いムードです。試合に出ているメンバーもそうでないメンバーも、「今、自分ができること」を常に考え、 for the Teamの精神を大切にしています。
まさに今、チームは1つになろうとしています。レッドハリケーンズは戦う集団へと進化を遂げております。私自身も期待していますし、ますます進化していくチームが楽しみです。
さて当コラムでは、チームワークの強化・チーム力の最大化、いわゆるチームビルディングという立場でレッドハリケーンズをサポートしている私が、”チームはどのような課題に直面しているのか” “(表面化していない課題も含め)今後どのようなリスクが潜んでいるのか”、そのうえで ”どのような改善策を処方したのか(したいと思っているのか)” を、わかりやすくご紹介していきます。
前回は、チーム・組織を構築していくうえで重要となる、ミッション、ビジョン、バリューにスポットをあててお話をさせていただきました。
今回のコラムVol.3は、私が選手に繰り返しその重要性を説いている「凡事徹底」というテーマでお送りしたいと思います。
当コラムを通じて、普段は垣間見ることのできないチームの内面を知っていただき、さらに熱い声援を送っていただくきっかけになればと思っております。
それでは、コラムVol.3をお楽しみください。
Vol.1を読む方はこちら Vol.2を読む方はこちら「できる人」と「できる人」が調和するのは容易ではない!
突然ですが、皆さんにちょっとした手遊びをやっていただきたいと思います。
右手の人差し指で空中に「正三角形」を何度も繰り返し描いてみてください。簡単ですよね。
そうしたら今度は、(右手は何もせず)左手の人差し指で空中に「正方形」を何度も繰り返し描いてみてください。こちらも簡単ですね。
では、次に、その簡単なことと簡単なことをミックスさせてみます。右手で正三角形、左手で正方形、これらを同時に描いてみてください。どうですか。急に難易度が上がり、きっとほとんどの方ができなくなったのではないでしょうか。不思議ですね。モヤモヤしている方も多いことでしょう。
さて、この手遊びで私はいったい何を伝えたかったのか、解説していきます。
脳という1つの命令系統があり、全身に神経が通い、自由自在に動けるつもりの私たち(人間)ですが、「できること」と「できること」を同時にスムーズに行うことは難しい、ということを体感しました。
それをラグビーチームに置き換えてみましょう。
パスを上手に「できる人」と、キャッチを上手に「できる人」が組めば、いつでもプレーは成功するのでしょうか。仮に「技術がある選手」同士が同時にピッチ立ったとしても、スムーズにプレーできるわけではないのです。なぜなら、選手たちは皆、別々の人格であり、別々の脳をもち、それぞれに意思があり、癖や好みや価値観も異なります。1人の人間でさえ、「できること」と「できること」を同時に行うのが難しいのに、別人格の人間が集まった「チーム」であれば、難しいのは当然のことです。
仮に正確な技術をもっている選手同士であっても、簡単に「1+1=2」にはならないということです。むしろ、お互いを理解し合えていなければ、「1+1 <2」になることは当然と言っても過言ではありません。
そこで改めて大切にしたいことは、「上手くいかないことは常である」「一人でだったらできる技術も、仲間との調和の中で発揮することは難しい」「だからこそ日常的なコミュニケーションが重要だ」という考え方です。
コミュニケーションを繰り返すことで、別々の人格だったメンバー間に神経が通い、まるで1つの生命体のように自由自在に動けるチームになっていくのです。以前、ヘッドコーチのヨハンが私に “仲間とのコミュニケーションの重要性” を話してくれたことがありましたので、そのエピソードをご紹介します。
ヨハン・ヘッドコーチ

ラグビーというのは、現在の私たち選手・関係者にとって、生活の中心にあるものです。それは間違いありません。ただ、それは人生全体で考えた場合、決して大きなものではなく、むしろすごく小さなものだと思っています。
私たちは、人生を生きる中で、まず(他)人と出会い、挨拶、コミュニケーション……というのを繰り返します。その中で、周囲の人とINSPIRE(鼓舞、激励、刺激)し合い、日々成長していきます。
私たちラグビー関係者は、ジャージを身にまとってグラウンドに立った時に、その情熱的なハードワークを通じて、スタジアムやテレビで観戦・応援してくれるファン、サポーターの方をINSPIREすることができます。
ただ、忘れてはいけないこととして、「私たちがINSPIREできるのは、応援してくれるファンやサポーターだけではない」ということです。私たちは、チームメイトや関係者に対してもINSPIREできるのです。もちろん、自分たちの家族に対してもINSPIREできます。
例えば、仲間のご家族が病気を患ってしまい、仲間が悩んでいるとします。もしくは仲間自身が長期離脱につながるようなケガをしてしまい、モチベーションを上げられず悩んでいたとします。そういう時は、率先してチームメイトを勇気づける(=INSPIREする)ことこそが大切です。数分という短時間でもかまいません、一緒にコーヒーを飲みながら話をするだけでいいのです。普段の何気ない気遣いが、人生にとって十分なINSPIREになります。
私は、今シーズンのチームスローガン「PLAY TO INSPIRE」を通じて、こうした文化をチームに根付かせたいと思っています。コミュニケーションを活性化し、自然とINSPIREできる関係性を構築したいと考えています。ただ、それにはそれ相当の時間を要することも理解しています。技術・スキル向上も大事ですが、チームを1つにするにはそれこそが最も重要だと考えています。2020-21シーズンは、まずはそこを注視していくつもりです。
こちらは、昨年12月に、私がヨハンに「これからのチームづくり」「チームスローガン」について話を伺った時の一部です。まさに、そのとおりだと思います。私は「良いチームは1つの生命体のように機能する」と思っていますが、表現こそ違えど、ヨハンも同じように考えていることがわかるエピソードです。
メンバーには皆それぞれの癖、好み、価値観、特徴、過去の経験などがあり、それを正しく理解し合うことで「役割」ができます。正しく理解し合うためには山ほどのコミュニケーションが必要です。その積み重ねで、1つの生命体へと進化していきます。人間のカラダは、それぞれ違う特徴や役割をもった臓器・器官・部位で成り立ち、違いを調和させることで機能しています。そして、しなやかに動くことを可能にしています。
まだまだ発展途上のチームですが、シーズン終盤を迎えるころには、レッドハリケーンズにまるで1つの人格が宿り、個々の特徴の違いが調和し、自由自在に動けるチームになっていることを目指しています。
陸上”4×100mリレー”日本代表がみせた最高のお手本

続いては、今回のコラムで私が最もお伝えしたい内容に移ります。テーマは凡事徹底(BONJI TETTEI)。これは、私が繰り返し選手たちに言い続けていることの1つです。
凡事徹底の重要性を伝える最高の教材として、2016年リオデジャネイロオリンピックで銀メダル獲得という偉業を成し遂げた陸上 “4×100mリレー”の話をしました。
リオオリンピック決勝に進出した日本チームは、第1走者が山県亮太選手、第2走者が飯塚翔太選手、第3走者が桐生祥秀選手、アンカーがケンブリッジ飛鳥選手でした。
この4人はその当時、100m個人種目でメダルを獲得することは難しい状況でした。それなのに、そんな4人がチームを組んだら世界で2位になれたのです。
「個では成し遂げられないことでも、チームであれば成し遂げることができる」ということを証明してくれた事例です。似たようなできごととして記憶に新しいのが、2019年の日本で開催されたラグビーワールドカップでしょう。世界の強豪国の選手と比較すると、個の能力(体躯・技術・経験 等)ではなかなか上回ることができませんが、ONE TEAMの精神で最後まで諦めず、身を粉にして戦い、結果として日本初の決勝トーナメント進出につながりました。
では、こうした結果を出すことと「凡事徹底」が何の関係があるのか、ということを解説していきたいと思います。
凡事徹底とは…… 私の解釈では、『誰もが知っている当たり前なことを、誰も真似できないレベルまで徹底すること』
個で上回れないチームこそ、「凡事徹底」が重要だと私は考えています。
そこで私は、「『ラグビー界の凡事は何なのか』『レッドハリケーンズにおける凡事とは何なのか』をもう一度見つめ直し、誰も真似できないレベルにまで徹底しよう」と、選手たちに伝えました。それが、チームのバリュー(=行動指針)でもある10個の約束になります。
10個の約束については、Vol.01、Vol.02でも触れたので、今回はその説明を割愛しますが、まさに今のレッドハリケーンズにはそれらの徹底が必要であり、これまで欠けていた部分だと感じていました。
「ま、いっか」を克服できない限り、凡事徹底は成しえない

先ほどの“4×100mリレー”に話を戻します。
皆さんは「リレーのポイントは何?」と聞かれたらどう答えますか。
きっと誰もが「バトンパス」と答えることでしょう。そうです。リレーのポイントは、陸上の素人である私たちでさえ「バトンパス」だと知っているのです。
トップアスリートである日本代表選手たちが、私たち素人でも知っている「バトンパス」を軽視することなく、世界のどの国よりも徹底的に研究し、練習し、磨き上げた結果、銀メダルを掴み取りました。まさに「凡事(=当たり前なこと)」を「徹底」したわけです。
その凡事徹底の過程で、誰にでも「大敵」が現れます。それが「ま、いっか」です。
皆さんもご自身を振り返ってみれば思い当たる節はあると思います。もちろん私にもたくさんあります。
わかっているけど…「ま、いっか」
を撃退していくトレーニングは、24時間 365日 いつでもできる
私生活に、「ま、いっか」が蔓延っている限り、ピッチでも弱い自分が顔を出す
心が体を支配している
心が命じない限り、体は絶対に動かない
この「ま、いっか」を撃退しない限り、凡事徹底は成しえません。
この「まいっか」を撃退するトレーニングは、24時間、365日、いつでも可能です。私生活に「ま、いっか」が蔓延っている限り、ピッチでも必ず弱い自分が顔を出すはずです。
その答えはシンプルです。私は選手たちに言いました。
「心が体を支配している。心が命じない限り、体は絶対に動かない」
例えば、目の前にゴミが落ちているとします。
ゴミが視界に入ったとしても……。
ゴミを拾った方が良いと気付いたとしても……。
「ま、いっか」となる人がほとんどでしょう。
「見えること」「気づくこと」と「実際に拾うこと」は全く別次元なのです。
人はゴミを見つけたら自動的に拾うようにプログラムされた機械ではありません。つまり、心が命じない限り体は動かないのです。
試合中も同じです。相手選手が視界に入り、「この選手を放置したらピンチにつながってしまうかな」と気付いたとしても、「たぶん大丈夫だろう」「ま、いっか」となり、ケアするのをやめてしまったら、たちまち失点してしまうかもしれないのです。この相手選手をケアするために、あと5m走っていれば防げた失点と言えるでしょう。
アスリートが人々の尊敬を集めるのは、単に体が強いとか、スピードがあるとか、技術が凄いだけではないのです。ついつい「ま、いっか」と楽な方へ流されそうになる弱い自分に打ち勝ち、当たり前なことを誰も真似できないレベルまで徹底する、そんな高潔さが尊敬の対象なのだと思っています。
誰もが分かっていることですが、「ま、いっか」はどこにでも蔓延ります。だからこそ、それに打ち勝つ強い「心」が必要です。
試合中、苦しい時間帯にこそ強い「心」が必要ですが、心が命じた時にいつでも動ける強い「体」もまた重要です。一流のアスリートは、体はもちろんこと、心もタフなのです。
凡事徹底!24時間365日の「ま、いっか」を撲滅する挑戦

ここまでお伝えしてきたこと、これらはラグビーに限ったことではありません。日常生活でも一緒ですよね。分かっていながらも「ま、いっか」が生活の中には蔓延ります。
靴はそろえたほうが良いよね。
ロッカーは整理整頓した方が良いよね。
ピッチにテーピングのゴミはないほうが良いよね。
確かに、24時間365日それらを意識するのか……と考えると、気が滅入ってしまいそうです。簡単そうなことでも重くのしかかり、億劫に感じてしまうかもしれません。
ただ、強いチームには、そうしたことが当たり前にできる”文化”が醸成されているのです。当たり前の基準が高ければ、新人選手も自然とそれに染まります。「ま、いっか」が生まれる背景には、「あいつもやっていないし……」という基準の低さが存在するのです。
レッドハリケーンズは今、凡事徹底による「基準づくり」「妥協を許さないチーム文化の醸成」に取り組み、常勝軍団になるべく改革を進めているのです。それこそが、勝者のメンタリティを生み出します。
私が選手に伝えたことは、私生活で「ま、いっか」という心の弱さが顔を出す限り、ピッチでも出てしまうということです。ラグビーはピッチ上だけで成長するのではなく、いつでもどこでも鍛えられるのです。
そんなマインドの選手が集まったチームなら、お互いが妥協を許さない真のチームへと成長し、ピッチ内でも「当たり前なことを誰も真似できないレベルまで徹底する」姿を見せてくれるでしょう。
「倒れたらすぐに起き上がる」そんな当たり前のことができているか、スタジアムに足を運んで、厳しい目で選手たちをチェックしていただけると嬉しいです。
余談ですが、私が選手へのミーティングで「凡事徹底」という言葉を使う時、「BONJI TETTEI」とアルファベットで併記しました。外国籍選手にも覚えてもらいたかったからです。すると、とある外国籍選手はスマホで写真を撮っていました。美しい日本語が、ラグビーを通して世界に広がると嬉しいです。
今回のVol.03では、チームが今シーズン大事にしている言葉の1つ、凡事徹底についてお話をさせていただきました。
第3節は、前の試合でヤマハ発動機ジュビロの猛追を跳ね除け、23 - 22で今期初勝利をあげたリコーブラックラムズが相手です。
きっとレッドハリケーンズにとっても厳しい戦いが予想されますが、「凡事徹底」「全力で戦う姿を約束すること」「応援してくれる方々に”素敵な体験”を届けること」を胸に、チーム一丸となって相手に向かっていくラグビーを展開してくれるはずです。
皆さん、第3節も熱い声援をお願いいたします。
Profile(プロフィール)
福富信也(ふくとみ・しんや)
Jリーグ「横浜F・マリノス」のコーチを経て、2011年東京電機大学理工学部に教員として着任(サッカー部監督兼務)。また、その傍ら、チームのメンバーが互いに違いを認め、尊重しあい、永続的に学びと発展のあるチームづくりを支援する株式会社Humanergy(ヒューマナジー)を2015年に設立。
【実績 等】
日本サッカー協会公認指導者S級ライセンス(Jリーグ監督必須ライセンス)で講師を務め、Jリーグトップチームや年代別日本代表を指導。2016-17シーズンに「北海道コンサドーレ札幌(J2優勝|J1昇格・定着)」、2018-19シーズンに「ヴィッセル神戸(天皇杯優勝:ACL 出場権獲得 / ゼロックススーパーカップ優勝 等)」。その他、企業を対象にした研修実績も豊富。雑誌連載、新聞取材、テレビ・ラジオ出演など多数。著書に「脱トップダウン思考」他2冊。
参考)
2020年度チームアドバイザー就任のお知らせ https://docomo-rugby.jp/news/detail.html?id=4202
株式会社Humanergy: https://huma-nergy.com/