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その極に達する 村上 晃一氏を迎えてINTERVIEW

2014年11月20日更新

その極に達する《2》

NECグリーンロケッツのラグビー

村上:どうですか。大学の4年間で得たものは。

久富:箕内さんが言われたとおり、そういう細かいスキルとか、「ラグビーはやっぱり楽しい」というのをとても実感した大学生活だったので、それがなかったら本当に大学卒業したらやめて、実家に帰っていたと思います。

村上:家を継いでいた?

久富:はい。大学でラグビーが本当に楽しいと思ったので、社会人でもやりたいと気持ちに変わったんです。親にはちょっと申し訳ないですけど。

村上:親は納得したの?

久富:親は「お前がやりたいなら」と。

村上:NECを選んだのは箕内さんがいるからですか。

久富:はい。それだけです。

村上:箕内さんの何に惚れ込んでついていこうと?

久富:恥ずかしいですけど、人間性、全てです。

箕内:僕はリクルーターから久富を絶対獲りに行けと言われて、じゃあ、取りあえず焼き肉だと。一緒に焼き肉に行ったらめちゃくちゃ食べるんです。当時まだNECのスクラムは強くなかったし、久富はフィールドもいいしセットプレーのスキルも高くて、ぜひ欲しいなと思っていたので。実際、来てくれてNECも日本一になった。

村上:そうですよね。2001年の春に入っているんですね。そして、2年目のシーズンに日本一に。日本選手権はサントリーと対戦して優勝。もう一つ聞いておくと、ドコモに来たのも箕内さんが来たから?

久富:そうです。

村上:そんなに長く一緒にいてもやっぱり素晴らしい?

久富:そうですね。できる限り一緒にやりたいと思ってます。ちょっと気持ち悪いかもしれないですけど。

村上:焼き肉が理由じゃないんですよね。(笑)

久富:そうですね。焼き肉は本当においしかったですけど。(笑)

村上:一緒にプレーしていて楽だったり?

久富:もちろんそうですし、箕内さんがいればどんな局面でもなんとかなる感じがある。実際、結果もそうなっていますし。あと一緒にやっていたら楽しいです。

村上:ずっとついていくっていう後輩はどうなの?

箕内:他のチームも強くなっているし、本当に来てくれて有難いです。僕がNECやめるって話になったときに相談はしてました。できたら来てほしいと思っていたので。

村上:最初にドコモに来たときにすぐ誘ったわけではない?

箕内:誘っていないです。1年ずれていたのかな。

久富:そうですね。

箕内:違う環境でやってみたいっていう話をしていたので、来たらどうだっていう話はしました。

村上:最初から行こうと思っていた?

久富:まあ、考えていましたね。

箕内:ちょうど僕の1年前に水山(元神戸製鋼 水山 尚範、2013年ドコモ退団)がドコモに移籍して、僕も移籍した流れがあったので。それも大きかったのかなと思う。

村上:話を戻して、NECで(2002年日本選手権で)2年目に勝つんですけど、東日本リーグで7位。社会人大会だと4位でしたよね。

久富:社会人大会では、サントリーに負けました。

村上:日本選手権のタイトルを取れた要因というのは。力があったのに東日本のときは出なかったっていうことなの?

箕内:あの年の記憶があまりないんですよね。あの年は、新しいことをしようとしたんです。ボール動かそうと。

村上:それまでは、あまりボールを動かさないタイプのチームだったの?

箕内:そうですね。NECはフォワードのチームなのに、ボールを動かそうとしておかしくなったんです。東日本でも負け続け怪我人も多かったんで「原点回帰だ」って言って、そのスタイルを諦めたんです。優勝した後も結構そういうのが続いていた。

村上:そのとき、スクラムハーフの辻高志選手、今はもうコーチですけど、いろんな課題を辻さんが紙に書いて監督のところに持っていったら、監督の太田さんが紙に『Go Forward』と書いていて「これで行く」と言ったとか。

箕内:そんな感じです。

村上:めっちゃいろんな課題とか書いて持っていったのに一言回答だった。

箕内:お互いにそんな感じでした。辻にしても『Go Forward』でしたから。

村上:『ミラクルセブン』って言われてましたけど、自分たちでもそのTシャツ作っていましたね。

箕内:よく考えたらおかしな話ですよね。自分たちで言うのは。でもミラクルでしたよね、決勝とか考えると。

久富:そうですね。実際、神がかっていましたね。

村上:試合って覚えています?

箕内:あの試合は初めて日本一になったし、よく覚えています。あの年、本気でサントリーに勝とうとして、東日本のときは前半で疲れてしまいました。サントリーの早いテンポは無理だって。勝つためには相当フィットネスを上げて、自分たちの力を押さえて戦わないとだめだと。

村上:相手のラグビーに付き合ったら疲れちゃった?

箕内:はい。でも東日本の試合の時にもう一回やったらいけるぞっていうのがあって。決勝は前半ある程度力を温存して、最後にボールを動かしたんです。

村上:窪田選手が最後に独走トライした試合ですね。

久富:そうですね。あの試合はやることなすことうまいこと転がりましたね。

箕内:ラスト10分ぐらいの展開はミラクルでした。

久富:僕はあの試合は途中で交代しました。中村直人さんに社会人リーグか東日本のときにスクラムめちゃくちゃやられたので。直人さんが出てきたらこっちも石井さんというスクラムの強い人を出すと決まっていて、それもすごくうまくいった。後ろに石井さんがいたので自分も思いっきりプレーできた。

村上:中村選手にその頃は負けていたんだ。

久富:勝てなかったです。

箕内:でも、あのとき長谷川さん坂田さん、直人さんだったでしょう。

村上:サントリーはこの当時強かったですか。

箕内:坂田さんが強かった。

村上:その後もマイクロソフトで優勝したり、日本選手権は連覇したり、結構トーナメントに強かったですよね。

箕内:と言われますがトップリーグは1回も優勝していないです。でもマイクロソフトカップは今で言うプレーオフ優勝になるんですか?

村上:今で言うプレーオフです。

箕内:そう考えたらトップリーグ勝っているですね。

村上:マイクロソフトで勝ったときも(トップリーグで)6位かな。

久富:やっぱりおしりに火がつかないと。

村上:そういうチームだったんだ。

箕内:選手層はそんなに厚くなかったですし、毎年なんかしようとしてたのもあったので。だからリーグ戦は浮き沈みがあって勝ち続けられなかった。

村上:それは関東学院の方が、やることが一貫していたということですか。

箕内:でも、フォワード一辺倒のラグビーは限界がくるなというのも感じていました。NECのときでもスタイルを変えて、マイナーチェンジしていかないと今後きついなというのがあって毎年そうしていたんですけど、結局、それが失敗して原点回帰となって。その後、勝てなかった時期というのは逆に原点回帰し過ぎて、ラグビーが固まっちゃってたんです。勝っている時期には何か変えないといけないんですが、そこで何も変えられなかったというのが問題だった。

村上:難しいですね。

箕内:難しいです。勝てなくなっていろんなこと考えて、やっぱり原点回帰だと。

レッドハリケーンズのラグビー

村上:これ、今のドコモには当てはまりますか?

箕内:今、一歩一歩階段を上っている状態というか。この1stステージでは、結果として全敗でしたけれども、去年・一昨年に比べて、試合の中身のレベルが上がってきているのはすごく感じます。個人個人も去年に比べて伸びている。僅差で負けていることでも象徴されているように、今は我慢の時期なのかなと捉えています。今しっかりベースを作っておかないと、5年後、10年後はないでしょうし。

村上:久富さんはどうですか。

久富:そう思います。もう一歩のところまで来ているんですが、その一歩の我慢ができていない。そこを我慢して乗り越えれば、もう1つ上のレベルに行けると思うんです。ここぞというところのミスで負けている状況なので、そこさえしっかりすれば、全然違う結果になると思うんです。

村上:そういうミスが起こってしまうのはなぜですか?

箕内:同じようなミスは他のチームでも、代表クラスでもあります。パスキャッチできないかといったら、みんなできるじゃないですか。できなくなっている要因は何かと考えると、やっぱりメンタルやハートの問題があるんです。試合と同じような状況でのスキル練習を増やしたり、正しいスキルを試合でしっかり出せるように取り組んだ結果、ここ何試合かは非常に高いレベルでできるようになってきている。この間の(第7節の)サントリー戦は残念でしたけど、その前の試合はボールキープの時間が多くなりましたし、ボールをリサイクルできるようになってきているので、もうちょっとなのかなというところです。

村上:レッドハリケーンズの強みはどういうところですか。どこら辺で勝負すれば?

久富:いろんなパターンでトライをとることができるっていうのが、強みなんじゃないですか。ただ、今は失敗しちゃっているんですけど。ちょっとしたことで変わると思うので、それさえできるようになれば勝てると思います。

箕内:フォワードで勝負できますし、最近はボールを動かしてトライをとることもできる。

村上:セカンドステージはNECとやりますね。NECと戦うときって意識はしますか?

久富:もうないです。意識したのはトップリーグ昇格1年目(2011-2012シーズン)のときだけです。

箕内:移籍してきて初めて対戦した試合ですかね。そのときは結構意識したんですけど、それからはあまり意識しなくなりました。

村上:それ勝ったっけ?

箕内:勝ちました。それもちょっとケツに火がついて勝ったんですけど。

村上:もう今はそんなに意識してない?

久富:今は対戦相手の1チームというだけです。

箕内:それに、知っている選手もほとんどいない。様変わりしましたね。もちろん、外国人選手も含めて仲のいい選手はいますけど、そこまで意識しないです。

日本代表選出

村上:日本代表のことも聞きたいのですけれども。箕内さんはいきなり最初からキャプテン? 向井監督の時ですよね。

箕内:はい。ちなみに久富とテストマッチ一緒ですので。

久富:箕内さんが行ったからすぐ僕も行こうって思って。それまでは断ったりしていたんです。

村上:断っていたのはどうして?

久富:あまり魅力を感じなかったんです。箕内さんが行くなら自分も行きますって。

村上:向井さんがキャプテンやってくれって言いにきてくれた?

箕内:その前年にジャパン来ないかって誘われていたんですけど、その年がちょうど僕、NECのキャプテンに就任した年だったので、ちょっと今年はわがままを聞いてくださいと。「もし呼んでもらえるんだったら来年は絶対行きますので」という話をしていて代表が発表され、そこに名前が入っていた。その後、向井さんが我孫子(註:NECホームグラウンド)まで来ると聞き、「僕行きますって言いましたよ。なんで来るんですか」という話を太田さんともしていたのですが、応接室に呼ばれて行ったらキャプテンに就いてくれという話で、「ええっ」て、太田さんと2人でびっくりしました。向井さん、何言っているんだろう、大丈夫ですかと。

村上:キャプテンって結構プレッシャーでした?

箕内:今までやったキャプテンの中では一番のプレッシャーでした。

村上:でも久富さんは安心ですね。

久富:なんの不安もなく、ただやるだけです。

村上:2人で十何試合とやっている? 21キャップでしたっけ?

久富:そうですかね。

村上:なかなか勝てない時期というか。

箕内:暗黒の時代でした。

村上:苦しい時代でしたか。

箕内:今でこそ、エディー(現日本代表ヘッドコーチ エディー・ジョーンズ)がいて、エディーが選べば好きな選手がバーッと集まりますが。

村上:今、ジャパン断るとか、考えられないですもんね。

箕内:ヨーロッパ遠征の時も、辞退者が多く出て、今じゃ絶対考えられないですよね。

村上:今はほぼ辞退はないですよね。ジャパンに求心力がある。

箕内:今ジャパンはエディーで一本化されて、うまくいっています。過去は、各チームに理解を得られなかった部分もあったでしょうし、選手としてもリスクを負ってまでと回避されていた部分もあった。

村上:じゃあ、初キャップの感動みたいなものはなかったの?

久富:あまりジャパンというものに執着がないので。

村上:ないんだ。世界のチームとスクラムを組んでみてどうだった?

久富:それは全然違いました。イタリア代表のカストロジョヴァンニ(マルティン・レアンドロ・カストロジョヴァンニ)という選手がいたんです。イタリア代表とやったときにスクラムやられて、その選手が3トライ決めて、完璧に負けたと思いました。だからそれ以来やってみたいという気持ちはあるんですけど、代表に縁がなくて戦えずじまいなんです。あの選手だけは記憶に残っています。

村上:ジャパンに行ったから自分は変わったというのはありますか?

久富:スクラムに対する考えの幅は広がりました。海外はいろんな組み方してくるし、レフェリーもいろんなレフェリーがいて、日本で組んでいる一辺倒のスクラムでは全く対応できない。そのレフェリーに合わせないといけないし、相手がこう組んできたらこうした方がいいっていう、考える幅は広がりました。

村上:練習方法が変わったりとか?

久富:そうですね。いろんなことを想定しながら練習するようになりました。

村上:箕内さんも、オックスフォード大に留学したり、イタリアのクラブ(セリエA2のラグビーパエゼ)でプレーしたりと、いっぱい世界に行かれていますけど、そういう経験は生きていますか?

箕内:ラグビーの質が違うというのもありますが、外国人選手はチームに対しての忠誠心とか、チームへの貢献を考えるのはすごいと感じました。チームに対してここまで尽くして、ここまで考えてやっているんだと。監督が「これ」と言ったら「はい」、監督が間違っていても、「黒」と言ったら「黒」と聞く、そういう態度はすごく勉強になりました。

村上:それは、どこのチームに行っても。

箕内:どこのチームでも。

村上:逆に、日本だと文句言っている感じなの?

箕内:代表クラスもNECでもそうですけど、監督が何か言ったら「えっ?」と、まずそういう反応から入ったり、チームの中に少なからずそういう選手もいます。その辺、外国との違いというのはとても感じます。あと、練習に対して100%の状態で全員が臨むというのは、見ていて大変勉強になりました。特にイギリスの選手は練習中でも踏まれたり殴られたりとか、そういうのを普通にやっていました。そういうのも経験として非常に勉強になりました。

村上:今も練習は常に100%で。

箕内:やっているつもりですけれども、ちょっとベテランなので調整はさせてもらっています。

記憶に残る名選手

村上:自分が若いときに目指した選手っていましたか。こういう選手になりたいなと。

箕内:僕らのちっちゃいころは、JKとかすごいなと思ってました。

村上:ジョン・カーワン(ニュージーランド出身、2007-2011日本代表ヘッドコーチ)?

箕内:はい。

村上:ちっちゃいとき、ジョン・カーワンなんだ。第1回ワールドカップ(1987年開催)を見たということ?

箕内:僕、その頃はちょうどスタンドオフをやっていたので、グラント・フォックス(ニュージーランド出身)とかあの辺はすごいなと。

村上:オールブラックスの?

箕内:オールブラックスです。ちょうどワールドカップ第1回ですか。あのときは見ていました。すごいなと。

村上:ジャパンじゃないですね。

箕内:ジャパンももちろん見ていましたけど、記憶に残っているのはワールドカップとか、シックス・ネイションズです。昔はファイブ・ネイションズって言っていたかな。そういうのを見て、やっぱり日本とは違うなというのを強く感じていました。ワールドカップを見たとき、やっぱりこんな人が世界にいるんだというのですごい衝撃を受けました。

村上:同世代でこいつはすごいなというのは。

箕内:仙波さん(元トヨタの選手。故人)はやっぱりすごいなと感じました。

村上:仙波 優。

箕内:今までぬるい中でやっていて、回りを見ることもなく大学入ったら「なんだこの人!?」と、それはそれは強烈でした。

久富:仙波さんはすごかったです。1回オール関東学院で一緒にプレーさせてもらって。

村上:久富選手の4つ上になるってことですね。

久富:はい。4つ違いです。

村上:すごい馬力? 大畑君(元神戸製鋼 大畑 大介)ともまた違うの?

久富:全然違います。

箕内:タイプが違う。たぶんスピードだったら大介が圧倒的に速いでしょうけど、馬力とかなんですかね。

村上:今あまりいないタイプ?

久富:記憶にないですよね。

箕内:ああいう選手というのは今いますかね。

村上:馬力系じゃないですもんね、みんな。

箕内:みんなスピード系で、あとキレがあったりとか。コンタクトしていたときの衝撃とか1人だけ強かったです。

村上:久富選手は同じプロップでは誰かいますか。

久富:すごかった選手ですか。やっぱりカストロジョヴァンニに。

村上:そうか。カストロジョヴァンニ、イタリア代表。日本人はそうでもない?

久富:いやいや、そうでもないじゃない。みんなすごくて。

箕内:あえて慎さんと言っておこう。

久富:慎さん!

村上:長谷川 慎(元サントリー、現ヤマハ発動機コーチ)ですね。

箕内:名前出しておかないと。

久富:結構こういう記事をチェックしていて、後々言われるんです。(笑)